治験エコシステムとは、国民にいち早く治療薬を届けるために、ステークホルダーが協力して「効率的」に治験を行うための仕組みです。現在、さまざまな関係者によって効率化や合理化の検討が進められています。
私がCRAとしてキャリアをスタートした当時、担当施設はわずか2施設でした。現場に足を運び、紙カルテを一枚一枚めくりながらSDVを行っていたものです。そんな中、「サンプリングSDV」という新しい概念が業界で話題になり始めました。すべてのデータを100%確認するのではなく、リスクに応じて一部を抽出して確認するという考え方です。
ある日、上司とこんな会話を交わしました。
「サンプリングSDVが採用されたら、モニターはとても楽になりますね」
すると上司は即座にこう返しました。
「そんなわけがない。その分、たくさんの施設を担当することになるだろう」
あれから年月が経ち、先日、現役のCRAと話す機会がありました。彼女の担当施設数は二桁で、しかも複数プロトコールを同時に抱えているとのことでした。分業化が進んでいることもあるのでしょうが、まさにあのとき上司が言っていた通りの世界が現実になっていました。
効率化が進めば進むほど、業務は楽になるどころか、むしろ複雑化・多忙化していくように感じます。これは治験業界に限らず、あらゆる業界に共通する「効率化のパラドックス」なのかもしれません。
治験エコシステムにおける効率化は、単に業務処理量を増やすだけの仕組みであってはならないと思います。効率化によって生まれた余白を、品質向上や人材育成、患者価値の最大化に振り向けることこそが、日本の治験環境の持続可能性を支える鍵になります。効率化の先にあるべきものは「もっと多く」ではなく、「もっと良く」だと感じます。
嶋誠悟